不知火文庫

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楽しい紅茶

 フレンチプレスにティースプーン1杯分の紅茶の葉を入れた。そして、軽く左右に振る。そうするとフレンチプレスの底面に葉が均等に並ぶ。プレスに鼻を近づけて香りをかいでみる。抽出した紅茶の香りとは違ってグリニッシュだが、いい香りだ。フレンチプレスに熱湯を注ぐ。いい香りが立ち込めた。砂時計を逆向きにし、フレンチプレスに蓋をかぶせ、4分程度茶葉を蒸らす。その間、落ちていく砂とプレス内で舞う葉を眺めながら、物思いにふけったり、ぼうっとしたり、とりとめもないことを考えたりして時を過ごす。

 紅茶が入ると、ティーカップに注ぐ。水色の変化を観察しながら、水色がきれいにみえるように、また、ティーカップの紅茶が入っている部分と入っていない部分の対比がきれいにみえるように注意する。ティーカップに入った紅茶の色と香りを楽しみ、その後に軽く一口めをすする。熱いうちは香りが立ちやすく、味がわかりにくいので、香りそのものと淡くて軽いタッチの苦みと甘みを楽しむ。温度が下がってくると、強い香りは落ち着いて穏やかになる一方、ボディが強くなるので味がわかりやすくなる。この時間帯は穏やかな香りと、苦みと甘みが混ざり合って茶葉の個性が明瞭になる。いわゆる「飲み頃」だ。さらに温度が下がると、香りと苦みはかなり弱くなり、甘みが強調された味わいになる。仕事をしたり、本を読んだりしながら紅茶を飲んでいると、よくこの状態になるまで紅茶が残る。これはこれでよく紅茶の風味の一面を楽しませてくれる。どの温度の紅茶も、それに応じた良さがある。

 一連の小さな手順や作法、味わい方を大切にすると、あわただしい時間から少しだけ距離を置ける。そうすると心が落ち着き、身体の調子が整いやすくなる。心が落ち着き、体の調子が整うと、感性と思考が鋭くなる。思うに、これは一瞬緩んだ心身の隙間には、よい着想や安息、小さな幸運が入り込んできやすいからだ。根拠はないが、私はそういうものだと思っている。

 

 先日は、紅茶を楽しんでいるときにおいしいケーキについて考えた。ベリー入りのスポンジケーキまたはスフレチーズケーキにゼラチン入りブランデーチョコレートを染み込ませたものだ。そういうものをみたことはないが、もしあれば、味覚的にも食感的にもおいしいものではないか(私は近いうちに作るつもりだ)。

 私はこのささやかな幸せを自分一人だけで楽しむことも好きだが、他の人と楽しむことも同じくらい好きだ。仕事のある日、職場で紅茶を淹れて周りの人に配る理由の一つは、他の人にもそういう時間を持ってほしいと思うからだ。他の人とひとときの休息を共有し、元気を出す。そういうことができるのも紅茶のいいところだと思う。

 

 紅茶を介して声を掛け合い、顔を見せあい、情報や気遣いをやり取りする。人と気持ちよく関わるための「交換」をごく自然に発生させる。これもまた紅茶の隠された効用と言ってもよいかもしれない。