不知火文庫

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赤い万年筆

 胴体を右手の親指、人差し指、中指でつまみ、キャップを左手の親指、人差し指、中指でつまむ。そのまま左右の手でひねるとキャップが外れる。隼の嘴のような形をした、銀色のつややかなペン先が顔をのぞかせる。

 ペン先を紙の上に乗せ、力を抜いてペンを走らせる。ペン先はさらりと紙面を滑る。今度は力をかける。すると、ペン先が大きくしなる。そのまま払うと、線の太さの強弱のよくわかる線が書ける。まるで日本語、特にひらがなと漢字を書くために考案されたかのようだ。

 何を書きたいわけでもない。思いつくままにペンを走らせて、まとまった活字や文章になる前のものを作りながら書く内容を決める。この万年筆で字を書くときはたいていそうだ。他の万年筆でもそういう側面はあるが、この万年筆とモンブランのマイスターシュテュック149はその傾向が特に強く顕れる。軽いタッチですばやく書くことも、重いタッチで重厚に書くこともでき、思考を妨げない。

 とりとめもなくペンを走らせて考えたり感じたりしたことを書き連ねていくと、思考や感覚に火が着いたように感じることがある。自分の世界が加速し、ペン先を追い越す。手が遅い。置いていかれる。思考や感性はしばしば現実の速度を超えて私の身体を置いてきぼりにする。じりじりとした何かが澱のように私の中に積もる。あるいは何かが私をかきむしる。揺らぎながら浮遊しているような気分になり、落ち着きがなくなっていく。しかし、気分は悪くない。少し興奮しているのだろう。集中もしているかもしれない。この不安定さと高揚感は飛行機の離陸直前の加速、あるいは高速道路を飛ばしている感覚に近い。精神がやや不安定になり、そして高いところへ昇っていく。

 万年筆は人の精神を加速させる。形になれなかったかもしれない閃光を捉える。閃光は閃光を呼び、やがて閃光は一瞬のものではなくなり、安定した一つの光の玉になる。万年筆は人の精神を加速しひらめきを固定して形にする助けになる。

 私にとって万年筆はひらめきを掴み取って形にするための相棒だ。