不知火文庫

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ブルーブラックと相棒

 線がかすれはじめる。ああ、もうそんな時期か。せっかく今いい気分で字を書いていたのに。ため息を一つついて、私はペリカン4001ブルーブラックを取り出した。ガラス製のボトルのキャップをひねって外す。ボトルの入口付近にインクの薄い膜が張っている。その薄い膜の表面にはシャボン玉のような奇怪な模様がうねうねと動いている。しばらくすると、その膜は弾けて消えた。ボトルの細い入口の奥には深い青色が広がっている。

 万年筆を取り出してキャップを外す。軸は大ぶりで無骨だが、力強くてほのかな色気がある。キャップは頭に白い星がある。この星は、フランスとイタリアの国境に位置するヨーロッパアルプスの最高峰の山頂付近を覆う雪をイメージしたものらしい。それを眺めると思わず顔が綻ぶ。

 左の親指、人差し指、中指でニブを上に向けた状態で胴軸を固定し、右の親指、人差し指、中指で尻軸をひねって内部に溜まった空気を追い出す。ニブの付け根の穴から軸内に残ったわずかなインクが飛び出て小さな泡を作る。

 ニブをボトルに差し込む。左の親指、人差し指、中指で胴軸を固定し、右の親指、人差し指、中指で尻軸をひねる。インクが吸引されていく。シュー、シュー、というインクの吸引されていく音が心地よい。

 インクの吸入が終わると、ニブをティッシュペーパーでふき取る。ニブに刻印された4810を眺めてしばし悦に入る。

 相棒を右手に取る。続きを書き始めよう。何を書こうとしていたのか忘れてしまったのが少々残念だが、まあいいだろう。こうして今日も黙々と線を刻んでいく。