不知火文庫

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除草

 17時。日はかなり西へ傾いてきている。日没まであと2時間程度だろうか。長い石段の前に立つ。石段に足をかけ、上り始める。一歩当たりの歩幅が小さくて上りにくいので数段飛ばしだ。階段を上りきると高台に出た。墓地の入口だ。付近には蛇口とたくさんのバケツとごみ捨て場がある。

 バケツを一つ手に取って蛇口の下に置く。蛇口を開ける。勢いよく水が出る。三分の二程度までバケツに水がたまったら、蛇口を締めてさらに高いところまで登り始める。頂上まではあと1分ほどだ。途中、細くて階段がなく足場の悪いところがあるので、足元に注意しながら頂上を目指す。

 雑草があちこちから生えていて、狭い道がさらに狭く感じられる。非常に歩きにくい。額から汗がにじみ始める。なんとかその道を抜けると、今度は区画と区画の隙間が足の横幅一つ分程度しかない場所にさしかかる。区画を踏んでしまわないように細心の注意を払いながら歩を進める。

 頂上だ。

 そこには私の先祖の墓がある。額の汗をぬぐいながら墓石を眺める。飾り気のない簡素な石だ。私の祖父は四年前の夏、ここに入った。祖父はここで眠っているのだろうか。それとも、もう別の場所へ行ってしまっているのだろうか。私にはわからない。だが、祖父がいるかもしれないので、墓はきちんと綺麗にしておきたい。だから、私はこうしてときどき掃除を兼ねて墓参りをする。

 墓石の周りには砂利が撒かれており、その隙間からは雑草が伸びている。強い日差しにも負けず、10センチ程度の背丈にまで成長しているものもある。まずはこれらを摘み取っていく。南無。次に、小さな雑草や背が低く横に広がって成長する雑草も摘んでいく。墓がどんどん綺麗になっていく。十数分ほどそうしていただろうか。さて、ほどほどにして切り上げよう。

 墓前に花を供え、持ってきていた線香を墓前にあげる。しゃがみこみ、墓石に向かって手を合わせる。しばし、瞳を閉じる。

 

 ………………

 

  雑草はたくましい。とても撲滅できるような相手ではない。撲滅を目指すのではなく、ある程度は見過ごしてうまく付き合っていくしかない存在だ。

 仮に今このときは完全に雑草を摘み取れたとしても、またすぐにどこからともなくやってくる。しばらくすればまたやってくる。永遠に彼らが生えてこないようにすることは困難だ。不可能ではないかもしれないが、半永久的に彼らが生えてこないような場所にするには核で焼き尽くしたり常に氷点下の氷雪気候にするくらいのことはしないといけないだろう。

 そこまでするには、こまめに手入れをする以上の犠牲や手間が必要だ。また、そうしてできた場所は人間にとっても住みにくいか、住めない場所になってしまうだろう。明らかに雑草を駆除するのに懸けてもよいと思われるものを超えている。そこまですることはない。

 難しく考えることはない。雑草を完全に除去することを放棄して定期的に掃除すればいい。根絶やしにはできないが大きくなりすぎる前に、そこそこ大きくなったものだけを摘み取れば、それでよいのだ。合理的でなくても、楽でなくても、継続できるくらいの手間をかけるだけで済むうちはそういう方法で綺麗にすればいい。

 

 

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 彼は一心不乱に、選別することもなく除草している。肌は青白く、頬はこけている。彼に問うと、どれだけ除草してもまた雑草が生えてくるかと思うと不安でたまらないのだという。彼の手にはごく豆粒のような雑草が握られている。

 ふと、彼の首周りに青々としたものがみえた。よくみると、それは雑草だった。彼の胸から生えているようだ。青々と生命力に満ちた雑草は彼を覆い尽くさんばかりだ。私は一言だけ、ほどほどにするように、と彼に伝えてその場を去った。

 

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 不安や困難なども雑草と似たようなものかもしれない。早めに除かなくてはまずいもののみを除去できれば、まずはそれでよしとする。余裕があればもう少しだけ手をかける。無理のない範囲で対策をする。

 無理をしないと除去できない不安や困難は、除去できたとしてもあなたをすり減らす。そして、すぐまた似たような次の不安や困難を生み出す。不安や困難はいつまでも消えない。そして、少しずつ不安や困難に心を喰われていく。そうなるくらいなら、ある程度のところでなあなあにしてしまえばいい。何事にも身の丈に合う付き合い方というものがあるものなのだ。

 無理をしてまで除去しようとしない。無理をしないと除去できない不安や困難のために今の自分をすり減らさない。そういう生き方の方が楽しいのではないか。

 そのために必要なのは覚悟だ。

 

 

 ………………

 瞳を開ける。立ち上がると軽いめまいがした。しばらくその場で立ちすくむ。

 また来るよ。心の中で祖父にそう伝えて墓前を後にする。日が沈むまでにはまだ少し時間がかかりそうだ。