不知火文庫

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雑巾

 雑巾を取り出す。ほこりやしみを吸って灰と茶が混ざった色に染まっている。その雑巾を水の入ったバケツに浸ける。雑巾がふやけて広がり、使い古されて穴だらけの姿があらわになる。バケツから引き上げる。雑巾からぽたぽたと水が滴っている。私は雑巾を絞った。

 

 ああ、また痩せたな。

 雑巾を絞るとよくわかる。以前よりさらに擦り切れている。もうかなりくたびれているのだろう。

 ありがとう、そして、申し訳ない。

 雑巾は他のものに付着した汚れを吸い取ってきれいにしてくれる。その代わりに自身はどんどん汚れ、ぼろぼろになっていく。他の大半の布きれとは明らかに異なる過酷な扱いを受け、そしてその命は他のものより短い。まるで生贄のような存在だ。

 

 この雑巾を雑巾にしたのは私だ。そして、彼が雑巾になってしまった理由はない。私の気まぐれだ。たまたま目についたのが彼だったというだけのことだ。

 この雑巾は雑巾になるべくして生み出された布きれではない。それにもかかわらず雑巾にされ、過酷な扱いを受けることになってしまった。たまたま私の目についたばかりに。

 

 我々人間の中にもそういう人々がいる。きっと彼らも雑巾になるべく生まれた存在ではない。なにかの巡りで偶然雑巾になってしまったのだ。

 彼らは感謝され、ありがたがられることもあるが、彼らの代わりになろうとするものはいない。誰もが自分にその役割が回ってこないことを祈りながら彼らによそよそしく感謝する。ときには心のどこかで軽んじ疎んじていることさえあるのではないかと思える。

 

 雑巾のような存在の人がいるおかげで社会や組織が円滑に回るということはよくある。しかし、その存在に真に感謝し、祀っているものはどれほどいるのだろうか。