不知火文庫

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これ、かっこいいね(走り書き)

 時刻は18時前。日が沈むまで、あと一刻程度だ。空の青が暗くなり始め、西の水平線付近は赤みを帯び始めている。実家に帰ると父がガレージでジャズを聴いていた。

 

「ただいま」と父に言った。

「おう、おかえり」

「これ、かっこいいね」

「そうだろう。あまり有名ではないらしいけど、なかなかいいだろう」

「誰が演奏しているの」

「誰だったかな」

 父がCDケースを手に取ってアーティストの名前を確認する。ブックレットにはくるくるした黒いセミロングの髪の女性の上半身が写っている。よくみると、白いベッドの上で横になっているようだ。

「ヒューストン・パーソンという人だ」

「ピアノを演奏している人?」

「いや、この人はラッパ担当だ」

「ピアノが特にカッコいいなと思ったんだ。誰が演奏しているんだろう」

「ブックレットに書いてあるんじゃないか」

「そうだね。ちょっと見せて」

 父からCDケースを受け取ってブックレットを取り出す。ブックレットには写真と英語の文章が並んでいる。

「んー、書いていないなあ」

「ケースの裏に書いてあるんじゃないか。ちょっと見せてみ」

 父がケースの裏側を確認する。

「ああ、ここに書いているよ。スタン・ホープという人だ」

「へえ、聴いたことがない人だなあ」

「ヒューストン・パーソンという人自体もあまり有名ではないようだし、たぶんあまり有名な人ではないんだろうな」

「そうかもしれないね」

 かっこいい演奏だから有名になっていてもおかしくないのにな。

 私はガレージに据え付けられたオーディオ機材を見回した。ドライバーのホーンが新しいものに変わっている。以前は鋳物製であまり大きくないものだったが、今は木製のかなり大きなものがついている。

「あれ、ホーンを新しいのに変えたんだ」

「ああ、これな。ついこないだやすりで磨いて塗料を塗っていたやつなんだ。」

「ああ、そういえば作っていたね。それにしても大きいなあ。」

「奥行きが前のホーンの二倍ほどある。だいたい五十センチくらいかな。」

「音はこっちのホーンの方がよく鳴るの?」

「その辺は好みの問題だけと、俺はこっちの方が好きだなあ」

 父は嬉しそうにそう話した。思わず私も笑顔になる。 

 

「このCD、借りていっていいかな。パソコンに落として聴きたいから」

「ああ、いいよ」

「ありがとう。すぐ返すよ」

 父からCDを受け取った。そして、父はにやりとしながら

「気に入ったみたいだな」

 と言った。なぜか少し照れくさい。

「うん。ピアノの演奏がすごく気に入った。聴き込んでみたい」

「そうか」

「それじゃ帰るよ。ありがとう。」

「おう。また来いよ」

 私は実家を後にした。西の水平線付近はさらに赤みを増していた。

 

 ↓父が聴いていたのはこのCDです

https://www.amazon.co.jp/SENTIMENTAL-MOOD-HOUSTON-PERSON/dp/B00004YBZM