不知火文庫

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明示的なもの、あるいは生き方

「なぜあなたはこんなことをするのですか。私には割に合わないことをしているようにしか見えません」と彼女は言う。

 私はそんな難しいことを考えてはいない。明示的な思想や理念はない。しなくてはならないと思ったから、したいと思ったからそうした。ただそれだけのことだ。

 昔は私にも明示的な思想や理念があった。そして、模索してもいた。しかし、模索しているうちにどこかへいった。いつの間にか思想や理念などどうでもよいものになっていた。なくなったのか、見えなくなっただけなのかはわからない。ふと気が付くと、そんなことを考えることそれ自体にも興味がなくなっていた。

 そして、それらは私の中で身体化し、ブラックボックスの中に埋め込まれた。

 ため息が漏れる。自分はたぶん馬鹿なのだろう。

「わからない。ただ、たぶんそれが私の生き方なんだ。そんなに悪くはないだろう。」

 彼女はしばらくぼうっとしていたが、呆れたように瞳を細めて微笑んだ。

 ほらね。だから僕はそうするんだ。