不知火文庫

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父と息子

 父が私の家にやってきた。スピーカーの調子が悪いので、修理しに来てくれたのだ。父は私の家に上がり、図書室に入る。

 「おお、相変わらずいい部屋だな」と父が言う。

 「そうでしょ」

 思わず誇らしい気持ちになる。

 「秘密基地みたいで面白いよなあ」

 父が楽しそうに図書室内を見回す。

 「そうするつもりで作ったからね」

 「そういうのが好きなところは俺とそっくりだよな」

 そういって父が笑う。つられて私も笑った。

 「そういえば、スピーカーはどこにあるんだ」

 「ああ、これだよ」

 私はスピーカーを指さした。

 「ああ、これか。よし、ちょっとみてみるか」

 父は工具箱を開けてスピーカーの修理に取り掛かった。

 

 「そういえば、最近仕事の調子はどうだ」

 スピーカーを修理しながら父が私にいう。

 「ぼちぼちだよ。できることをしようと思ってる」

 私がそう答えると、父はそうか、と言った。目元が緩んでいる。つられて私も目元が緩んだ。

 

 父は修理を続ける。いつの間にか会話が途切れ途切れになっている。気まずさはない。私たち親子はお互いにあまり話すことがないのだ。話すことがなくても、なんとなくお互いのことを理解しているような気になっている。たぶんお互いに幸せな錯覚をしているだけだろう。だが、それでいいのだ。適切に尊重し合えるように心がけてさえいれば、会話の少なさや理解の不十分さは私たちにとってはほとんど問題にならない。

 

 やりにくいなあ、と父が呟いた。

 「どうしたの」

 「ここの細かい配線が見えにくくてな。最近目が疎くなってきたなあ」

 「そうか。大変そうだな」

 「お前は今二十七歳だったっけ」

 「そうだよ」

 「お前でももうじき三十歳になるんだからな。そりゃ俺も歳を取るはずだ」

 「歳には逆らえないね」

 「全くだ。最近目が疎くなってきたし、身体の動きもとろくなってきてなあ。バイクやオーディオの趣味は体力と目と耳がついて来れなくなるとできなくなってしまうが、いつまでできるんだろうなあ。まあ、できるうちに存分に楽しむつもりだけどな」と父が苦笑いをして言った。

 私は急に父が小さくなってしまったように感じた。父は歳を取っている。もう若くない。老化を実感している。いつも楽しそうだし、本当に楽しんでいるのだろうが、きっとそれでも一抹の寂しさを感じている。

 何かが胸の奥から込み上げてきそうになる。しかし、言葉は出てこない。私は父に苦笑いを返し、無言でスピーカーを修理する父の手元を見つめ続けた。夜は静かに更けていく。


※下の写真は不知火文庫です

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