不知火文庫

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Suicide is painless

 

 山の中を歩き続けていると、浅い霧が漂い始めた。私たちは構わず道を踏みしめていく。足元には落ち葉や朽ち木が無数に散らばっている。歩を進めるたびに落ち葉や朽ち木が踏みしめられて、ぱりぱり、ぱきぱき、と小気味よい音が鳴る。朽ちたものを踏みしめる音が小気味よいと思うなんていかにも私らしいと思い、一人苦笑する。

 朽ちていくものを踏みしめる音は当然だが歩くリズムに同期する。この同期も心地よい。ふと気が付くと私はSuicide is painlessを口ずさんでいた。この曲を意識していたわけではない。たまたまこの曲が出てきただけだ。今の心境には似つかわしくない曲名だが、今いる場所によく合う雰囲気を持っている。

 私はオリジナルではなくIno Hidefumi氏の演奏でこの曲を知った。京都に住んでいた頃、私はたまたま恵文社でこの曲が収録されているIno Hidefumi氏のアルバムを見つけた。そのジャケットにはトナカイのような生き物が二匹描かれている。トナカイの色は白く、大きな角が生えている。そして、顔の部分がスピーカーになっている。

 私は歪で見つめていると少し不安な気持ちになってきそうなこのジャケットに惹かれてアルバムを購入した。Suicide is painlessはこのアルバムの一曲目に収録されている。

 「suicide is painlessですね」

 土岐が私に言う。

 「ええ。イントロに部分でわかるということは、あなたもIno Hidefumiさんが演奏している方のを知っているのかしら」

 彼は、ええ、と答えた。彼の瞳を見つめる。

 「この曲、大好きなの。ずっと聴いていると不安になってきそうなイントロが好きだわ」

 「水瀬さんでもそういうことを感じるんですね」

 土岐が冗談ぽく意外だという表情を作る。

 「あら、そんなに意外かしら。失礼しちゃうわ。昔、躊躇いなくあなたを殺そうとしたこと、まだ根にもっているのかしら」

  「少しだけ」 

 むしろ、これだけしか根に持っていないことの方が驚きだ。目の前のお人よしを見つめる。あきれてしまう。私ならば同じことをされていたら、間違ってもこんな結末にはなっていなかっただろう。

 しばらく立ち止まって話した後、また歩き出す。道を進めば進むほど、地面に積もる落ち葉と朽ち木の層が厚くなってきているような気がしてくる。この山は山ごと朽ち果てようとしているのかもしれない。ふとそんなことを想像する。

 深い霧が立ち込め始める。しかし、かまわず私たちは歩き続ける。もしあのとき、もう一人の私が勝ってしまっていたら、こんな気持でSuicide is painlessを歌うことも、土岐とこんな話をすることもなかっただろう。もう一人の私を抑えることができて、本当によかった。

  私たちは深い森の中を歩く。道に迷っている。それでも不思議なほど不安はない。私たちはどこへ向かうともなく歩き続ける。どこへ行くかはわからないが、きっと行くべきところへたどり着けるだろう。

 

 ↓水瀬優登場作

http://blackteahouse.hatenablog.com/entry/2017/08/29/020320

 

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