不知火文庫

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奏(「解放」の続編)

 今でも扉を開けたときのことを思い出す。私にとって夢は大切なものだった。別れを告げるとき、私は誰に対してでもなく強がってみせた。悲しくない、つらくない、と自分自身に言い聞かせた。本当はそうではなかった。悲しかった。つらかった。たとえ苦しみから解放されるためでとしても、手放さずに済むならば手放したくなかった。

 そこまで思えるものに巡り会ったこと、そこまで行きついたことが私にとって幸運だったのか否かはわからない。ただ、巡り合わずにいられれば、あの世界を見ることなく生きていられただろう。

 ふと夢が大切だった理由を考える。今までそんなことを考えたことはなかったような気がする。好きな理由を考えずにいられたのは、それだけ幸せだったということなのかもしれない。私は幸せを蕩尽し過ぎたのかもしれない。

 結局理由は思い出せなかった。もしかすると、そんなものは最初からないのかもしれない。ないからこそ考えて苦しむことも考えて壊してしまうこともなかったのか。

 

 理由のないものに理由を求めれば、その瞬間から喪失が始まる。理由のないものは然るべき方法で畏れ祭るものであって、理由を考えるものではない。

 変わらなくてはならないときが来たのだろう。本当に一歩前に進むとき、それはきっと今だ。扉を探してそのうちの一つを開く。私はもう一度新しい夢を見つけられるのだろうか。夢よりも大切なものを見つけるのだろうか。

 どこかから、ありがとう、きちんと終わらせてくれて、という声が聞こえた。過去の夢は今でも微笑みながら私を見守ってくれている。

 

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