不知火文庫

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壊れもの(あるいはStay Gold)

「大切に守られないと壊れてしまうようなものは、淘汰されていくべき存在だから助けなくていいんじゃないの」

「かもしれない」

「じゃあなんであなたはそうしないの」

「なんとなくだよ。そうしたいからそうするんだ」

「それじゃ理由にならないよ」

「理由をいうのは好きじゃない。どんな言葉を並べても嘘が含まれてしまうそうでやるせなくなる」

「ふうん」

 自分が子どもだった頃のことを想う。自分の両親のことを想う。自分の子のことを想う。自分たちが衰えていくことを想う。みな淘汰されるべき存在としてやってきて、淘汰されるべき存在として去っていく。淘汰されていくことは変えられない。

 ただ、淘汰のされ方を変えることはできる。私は優しく淘汰されていける世界にいたいだけなのかもしれない。壊れやすいものを壊れないように守り、壊れゆくものを安らかに送り出せる自分でいたい。脆くて嘘っぽい夢、言葉にすると霧のように散りそうになる。

 

「大切にされないと簡単に壊れてしまうものが集団を維持する要になるからだよ。未来に対する安心感が今生きている人の倫理を守る」

 本当にそう思っている。でも、そこに私の本心はない。壊れやすいから大切にするのではない。

「確かにそうかも」

「上手く守られることのできない壊れ物は壊れていく。守られる側もうまく守られるように心がける方がいいかもしれない」

 本心にはいつも理屈がない。定義してみたところで、必ず何かを取りこぼす。取りこぼされたものは言葉にならず器から溢れて宙を彷徨う。言葉にするほど、彷徨うものの影が深くなる。言葉にするほど、言葉にできないものを想ってやるせなくなる。たぶん、言葉にならない想いはこうして削り出されていくのだろう。

 去っていった人たち、去っていく人たち、やって来なかった人たち、明日にはいなくなっているかもしれない人たちの存在が悲しいから。自分が存在することに確証を持てなくて寂しいから。枯れていくものの存在に対する言葉にできない想い、それが私をこういう人間にした。

 そして、この「本心」でさえもきっと何かを取りこぼしている。

 

「大切にするのはそれが壊れやすいものだからかな。気をつけないと壊れてしまうから、永遠でない可能性があるから、大切に守り抜こうとするのかもしれないね。」

「たぶんそうだろうな」

「あなたの世界は美しい」

 唐突に彼女が私に問う。

「ああ。美しいと思う」

「あなたの世界が美しいのはあなたの中に壊れものがあるからじゃないかしら。大切にしたい壊れものはあなたの中にもある気がする」

 ああ、たぶんその通りだ。

 永遠でない可能性は今を大切にする気持ちを育て、ありもしない永遠を美しくする。

 

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