不知火文庫

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そのレモネードに足りないもの

 時刻は23時。漸く掃除がひと段落ついた。額や背中から玉のような汗が溢れ出ている。周囲の空気がねばねばとまとわりついてくる。熱が私から逃げないように空気で包み込もうとしているかのようだ。

 今年の夏は随分暑い。夜になっても気温は高いままだ。しかも、ほとんど風が吹かないので、昼の間に屋内にこもった熱気は停滞したままでなかなか出ていかない。空気がねばねばとまとわりつくのは、きっとそのせいだろう。じっとしていてもじわじわと汗が衣服を湿らせていく。

 エアコンをつければいいのかもしれない。しかし、私はエアコンをつけると身体がだるくなる、また、掃除などのように家のあちこちを頻繁に移動する場合にはほとんど涼む暇がない。だから、私はあまりエアコンを使わない。

 ふと一瞬、鋭い渇きを感じた。ひどく喉が渇いているようだ。私は立ち上がってキッチンへ向かおうとする。その瞬間にくらりとした。私の視界が黒に侵食され、視界が狭まる。前がよく見えない。数秒、立ちすくむ。

 眩暈がおさまった。何か爽やかな飲み物を飲みたい。冷蔵庫を開ける。冷たい水がある。取り出す。コップに注がず、そのままがぶ飲みする。

 うまい。しかし、水の味は爽やかというよりは清らかだ。味がなさすぎて物足りない。おそらく酸味と甘味が足りないのだろう。再度冷蔵庫を探ると、レモン汁をみつけた。また、キッチンには三温糖もある。これでレモネードを作れそうだ。

 水400mlにレモン汁を大さじ4杯、三温糖を大さじ4杯加え、さらに少しだけ岩塩を加えてよく混ぜる。一気に半分ほど飲んだ。喉の渇きが引き潮のように遠のいていく。渇きが癒えると、今度はきちんと味を楽しみたくなった。さらに一口すする。爽やかなレモンの香りが鼻腔に昇り、続いて三温糖の甘みが口内に広がる。しかし、それでも何か物足りない。何が足りないのか考えながらレモネードを飲み続ける。炭酸で割ったり、ミントやバジルを入れたりするとよいかもしれない。しかし、あいにく炭酸もミントもバジルも手元にはない。しかも、足りないのは爽やかさではなく締まりのような気もする。最初の口当たりはよいのだが、喉を通るころの味がスカスカで締まりがないのだ。

 なぜスカスカなのだろう、と考えを巡らせる。

 思うにコクと苦味が足りないのだ。コクについては蜂蜜か黒蜜を入れるとよいかもしれない。苦味については微量のアルコールか、オレンジブロッサムウォーターを入れるとよいだろう。

 今手元には蜂蜜とオレンジブロッサムウォーターがある。試しにレモネードに混ぜる。一口すする。うまい。苦味がレモネード全体の味を引き締め、蜂蜜がきちんとコクを生み出している。疲れがすうっと身体から溶け出していく。

 ささやかな幸せを飲み干して、私はキッチンを後にした。