不知火文庫

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炭酸風呂

 炭酸風呂を試すことにした。炭酸風呂に入ると血流がよくなるらしい。

 二酸化炭素が毛穴から体内へ入る。すると、血液中の二酸化酸素の濃度が高まり、血管内が一時的な酸欠状態になる。身体はその酸欠状態を解消しようとして、より多くの酸素を送ろうと血流を多くする。その結果、身体の隅々まで血液が届けられるようになるので代謝が上がる。

 本当かどうかはわからないが、体感的にはそうかもしれないという気はする。仮にあまり効果がなかったとしても炭酸でしゅわしゅわしている湯に浸かるのは気持ちいい。それだけでも試してみる価値はある。

 材料はクエン酸重曹だ。まずは適切な比率の計算をする。

 化学反応式は

  C(CH2COOH)2(COOH)OH+3NaHCO3→C(CH2COONa)2(COONa)OH+3H2O+3CO2

  クエン酸C(CH2COOH)2(COOH)OH  重曹:NaHCO3

 化学反応式より、クエン酸1分子に対して重曹は3分子あるときに過不足なく反応が生じる。クエン酸の分子量は約192、重曹の分子量は約84なので、最適な重量混合比率は192:84×3。だいたいクエン酸1に対して重曹1.3を加えたものを湯舟に放り込むと効率的に二酸化炭素を出すことができる。

 クエン酸200gが完全に反応したときに発生する二酸化炭素の体積は約70リットル。この程度ならば一気に反応してもさほど危険ではないだろう。クエン酸200gに重曹をその1.3倍の260g量りとって混ぜ合わせる。 

 浴槽の栓を閉め、蛇口を捻って湯を入れる。十分ほどすると、浴槽に十分と思われる量の湯が溜まった。衣服を脱ぎ、適切な比率で混ぜたクエン酸重曹を持って浴室に入る。湯船に浸かる。じわりと身体の表面に熱が伝わる。じりじりと身体の中心に向かって熱が伝わっていく。心地よい。温度は40度といったところだろうか。炭酸風呂を試すのにも適した温度だろう。

 

 私はクエン酸重曹の混合物を一気に風呂へ放り込んだ。

 

 その瞬間、水面の少し下から爆発的に二酸化炭素が発生した。ものすごい量と大きさの泡が湧き立つ。驚いて身体を起こそうとするが、思い切り身体を後に倒していたためなかなか起き上がれない。

 呼吸がひどく速くなる。苦しさはあまりないが、全力疾走した後と同じ程度か、あるいはそれ以上に呼吸が荒い。これは、軽い酸欠かもしれない。二酸化炭素の発生が落ち着くまでの30秒程度の間、呼吸の荒い状態が続いた。

 また、このとき、鼻と喉のあたりが非常に酸っぱく感じた。この酸っぱさは、間違えて塩酸入り溶液を減圧沸騰させて実験室内に塩酸をばらまいてしまったときに感じたものとほぼ同じだ。塩酸の方がはるかに強烈だったとはいえかなりの刺激だ。

 二酸化炭素の発生がおさまった後は落ち着いて入浴することができた。湯は少しとろみがあって皮膚の上を滑らかに滑って心地よい。二酸化炭素の気泡はしゅわしゅわと肌の上を転がったりまとわりついたりする。これもまた心地よい。私は身体についたその気泡を手でなぞって一気にはがしてみた。これは入浴剤を使ったときにもついしてしまう、子どものころからのくせだ。楽しい。また、耳を澄ませば泡が弾ける小気味よい音が聞こえてくる。あっという間に15分程度の時間が過ぎた。

 浴槽から上がると、いつもよりも身体が芯から温まっているような気がした。真夏の暑い時期だから汗が引くまでに余分な時間がかかってしまうことになったが、それでもいい気分だ。楽しく身体をよく温めることができる。これからもときどきはこの方法で入浴しよう。ただし、クエン酸重曹を湯船に浸かる前に入れて。