不知火文庫

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 誰かが私の向かいに座った。私は顔を上げる。すらりとした長身の、整った目鼻立ちをした美しい女性だ。女性は横を向いて長椅子にかけている。女性は長椅子にかけると、さっと鞄から文庫本を一冊取り出し、その本を読み始めた。ここでしばらく時間をつぶすのだろうか。

 私はさして気に留めるでもなく、考えごとの続きを始めた。

 数分程経っただろうか。私はなんとなく考えごとをやめて女性がいる方を見た。女性はさっきと同じように本を読んでいる。私が考えごとに戻ろうとすると、女性は文庫本を閉じた。鞄を探り、ハンカチを取り出した。そして、それを口に当てて舌なめずりをした。私の目の前で。

 私は少々困惑した。美しい人の下品な姿を垣間見ると、いつもこうなる。下品な行為をうまく隠せていない野暮な人。自分の隣にはいてほしくないような人。しかし、なぜか魅惑的で、絵画のカットのように絵になるような光景。

 その女性は私の方を一瞥すると、軽く会釈した。その動きはしなやかで柔らかく、露骨さをかけらほども感じさせない。私は会釈を返した。困惑はさらに深まっていた。