不知火文庫

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テーブル

 私の家に新しいテーブルがやってきた。姉が自分は使わないから、使うならもらってほしい、といって私に譲ってくれたのだ。卓は畳一枚を一回り小さくしたくらいの大きさ、こげ茶色の脚がついていて、その脚からはうっすらと木目が見えている。

 私は姉からもらったテーブルを、今まで使っていた赤茶色のテーブルと入れ替えた。つるつるした白い表面に周囲の景色が映る。いいテーブルだ。今まで使っていたものより格段に作りがいい。それに比べて、今まで使っていたテーブルはあちこちに傷がついている。卓の上面には特に傷が多く、その傷口の大半はくすんで汚れている。たぶん、かなり昔についた傷なのだろう。どちらにせよ、古くてくたびれた、何の変哲もないテーブルだ。

 この古いテーブルをどうしようか。処分するつもりだったが、粗大ごみに出すとなるとそれなりの費用がかかってしまいそうだ。他によい方法はないだろうか。

 

  私は急に喉の渇きを感じた。テーブルを入れ替える作業をしている間中、かなり汗をかいたからだろう。額や背中には玉のような汗が浮き出ている。古いテーブルの処遇は冷たい水を飲んで一休みしながら考えることにしよう。キッチンへ向かおうと立ち上がる。その瞬間、くらりと眩暈がした。視界が黒いものに侵食されて狭まる。前がよく見えない。数秒、立ちすくむ。

 眩暈がおさまった。キッチンに行き、冷蔵庫を開ける。冷たい水を取り出す。コップに注がず、そのままがぶ飲みする。疲れがすうっと水の中へ溶け出していくような気がする。

 

 テーブルの処遇について考える。庭にあるウッドデッキの上に置いて作業台にするといいかもしれない。周囲の雰囲気とは合わなそうだが、捨てるよりはましだろう。雨ざらしになるが、もともとどうでもいいような机なのだから使いつぶしてボロボロになってしまっても構わない。私はテーブルの脚を卓から外してウッドデッキに運んだ。

 ウッドデッキの上で再度テーブルを組み立てる。うん、なかなかいい感じに使えそうだ。本来の用途とは大きく異なる、雑で過酷な使われ方をすることになりそうなのが少々気の毒だが。

 テーブルを眺める。予想していた通り、ウッドデッキの上に置かれたそのテーブルは全く周囲の雰囲気に溶け込めていない。しかし、まだまだ土台や骨格はしっかりしているのだから、ここで最後の活躍してもらうことにしよう。

 ふと、そのテーブルに向かって本を読んだり勉強をしたり作業に熱中したりしたことを思い出す。意識したことはなかったが、そのテーブルにはたくさんの思い出がしみ込んでいた。以前の持ち主から引き継いで数年。処分しておいてほしいと押し付けられたが、そのまま使っていたテーブル。ボロボロであまり格好が良くなくて気に入っていなかったテーブル。どうでもいいと思っていたテーブル。私はいつの間にかそんなテーブルを気に入ってしまっていたのかもしれない。

 テーブルを見つめる。

「まだ使えるよ!もっと活躍できるよ!ぞんざいに扱わないで!邪魔者扱いしないで!」と私に訴えかけているような気がした。

 

 ふう、とため息をつく。私は納屋からのこぎりを持ち出して、テーブルの脚を短く切り落とし、脚の裏を丁寧に紙やすりで磨いた。そして、テーブルをリビングに設置した。少々大きすぎるが、まあいいだろう。

 このテーブルは今も不知火文庫の中にいる。大勢がやってくるとき、広い作業台が必要なとき、勉強場所を変えて気分転換したいときなどに大活躍している。