不知火文庫

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才能

「私、あの人が嫌いなの。だってあの人は……」

「そうなんですか」

 また批評が始まった。私は適当に聞きながす。

「ちょっと自分に才能があるからっていい気になって。あんな人、絶対にうまくいかないわ」

「そうですか」

 彼女は片方の口角を釣り上げて、嬉しそうに他の人を批評している。

 批評する側に回れば、簡単に批評される側よりも立派になった気分になれるからだろうか。

「あなたには何の才能もないけど私にはある、とでも言いたそうな態度、感じが悪いったらありゃしない」

「そんなことないと思いますよ」

 そんなに長い時間、周囲の空気を気にすることもなく、ろくに言葉を選ぶこともなく、怒り続けたり愚痴を言い続けたりすることができる。立派な才能だ。

 

 転職してピエロにでもなればいいんじゃあないか、と私は心の中で彼女に忠告した。

クリスマスキャロルの頃には

 時間が必要なあなた。待つことに疲れた私。

 思い出すのはあなたの横顔。

 あなたはいつも悲しそう。

 あなたはいつも寂しそう。

 

 愛する気持ちは変わらない。

 それでも笑顔を思い出せない。

 守りたい。その思いに嘘はない。

 それでも私の心は揺らぐ。

 

 幸せになる自信がなくて。

 ともに歩む勇気を出せなくて。

 待って得られる未来を思う。

 思うほどに、私の胸には影が差す。

 

 私はただ、あなたと手をつないでいたかった。

 

  

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悲しみは遅れてあなたに忍び寄る

 私は幼い頃あの出来事を経験した。周りの人々はひどく悲しんだらしい。だが、私はあの経験を悲しいと感じることができなかった。私は幼かった。たぶん、私は自分の悲しみをうまく悲しみとして認識できるほど心が成長していなかったのだろう。

 大人になっても私がその経験が悲しいことだと認識することはなかった。自分はあの出来事についてはほとんど何も感じていないのだろうと思っていた。現に、ほとんど何も感じず、思い出すこともまれだった。

 だが、それは私が心に傷を負わなかったということを意味してはいなかった。悲しみとして認識されなかった感情は、行き場のない淀みとして私の奥底に沈められた。 

 

 ある日、放置され続けたその感情が遅れて私に追いついた。悲しみを悲しみと認識する力を抑え付けてきたつけを払うときがきた。悲しくないならば平気だというわけではないものがあるということを、その時初めて理解した。

 遠い昔、悲しみになり損ねた感情は今も私の中で行き場を求めて彷徨い続けている。

 

 きっと誰もがそうなのだろう。今この瞬間の心と身体はひどく不安定な土台の上に立っている。私たちの日々の平穏は、今この瞬間に感じるはずだった悲しみを先延ばしして得られたものかもしれない。今この瞬間も、悲しみと認識することのできない傷を心の中に抱え込んでいるかもしれないのだ。

 

 悲しみになる前の心を悲しみとして認識できればどれほど幸せだろうか。それはいつか勇気になる。

 悲しみになる前の心を悲しみとして表現できればどれほど幸せだろうか。それはいつか愛になる。

 悲しみになる前の心をどうか見逃さないで。

 

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理由2

「なぜ彼はそれを研究したと思う」

「美しかったから」

「それもあると思う。だけど、たぶんそれ以上に、純粋に『わからなかったから』じゃないかなと思うんだ」

「ああ、わかる気がする」

 

 

↓Gordian KnotのGaloisです。Galois(ガロア)理論で有名な数学者、Evariste Galoisが由来だと思われます。

※また、このバンドの1stアルバムにはDream TheaterのJohn Myungが参加しています。

 

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語りたいこと

「最近話したいことがどんどんなくなっていっているような気がするんだ」

「ほう」

「話すだけならできるし、意見を求められたら言うこともできるよ。でも、どうしても語りたいというものがないんだ。思い出せないのか、わからないのか、失われたのか、そもそもないのかどうかはわからないけど」

「ふむ。それは伝えるべきことがあると感じる相手がいない、ということなんじゃないの」

「そうかもしれない。なんか寂しくなるな」

 わからないといったが、少しはわかっていた。語りたいことはあった。それがいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。最初は思い出せないだけだった。しかし、少しずつ失われていった。今も失われ続けている。

 それと並行して、わからないものが得られた。わからないが、心の中で叫んでいるものがある。しかし、それを語る術はない。今の私にはわからない。そしてきっと、わかる頃にはもう私の心は今の叫びを喪っている。

 語るものはやがて全て失われるのだろうか。それとも……

 

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